大判例

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東京高等裁判所 平成9年(う)1181号 判決

被告人 小久保克己

〔抄 録〕

論旨は、要するに、鑑定資料の尿は、医師が被告人の意識混濁中に採取した上警察に提出したものであるが、右医師には被告人の尿を任意提出する権限がなく、したがって、尿の任意提出、領置手続に重大な違法があり、その手続に関する証拠及び被告人の尿の鑑定書は、いずれも違法収集証拠として証拠能力がないのに、これらを証拠として採用し、有罪の認定をした原審の訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反があるというのである。

記録によると、被告人の尿が警察官に提出された経緯については、原判決が補足説明において認定するとおりと認められる。要するに、被告人は、国道上で自損事故を起こし、逃走する途中で所持品を中央分離帯上に放置し、道路を横断して逃げ去ろうとしているところを付近のガソリンスタンドの店員に取り押さえられたが、店員を警察官と疑うなど幻覚、妄想状態にあり、駆け付けた警察官に引き渡されたものの、意識朦朧の状態に陥ったため、警察官の指示で救急車で病院に収容された。被告人の救急措置を担当した関医師は、被告人には意識障害が顕著に認められたので、その原因を調べるため、被告人から血液及び尿を採取し、尿については低血糖かどうかを見るための検査をしたが、検査結果からは判断しかねていたところ、警察官から、被告人には覚せい剤使用の嫌疑がある旨告げられ、尿の残りを提出するように求められたのに対し、捜査に協力するとともに、意識障害の原因が判明すれば治療目的にも資すると判断してこれに応じ、本件尿を任意に提出した。以上の経緯によれば、本件尿は、医師が治療行為の必要上採取し所持していたものと認められるから、医師は、刑訴法二二一条にいう所持者としてこれを任意に提出できる立場にあったということができる。もっとも、医師には押収拒絶権が認められているが、これを行使するか否かは当該医師の判断にかかるものであるところ、警察官から犯罪の嫌疑があることを告げられ、治療に当たる過程で薬物使用の嫌疑があることについても自ら認識している状況の下で、関医師が捜査に協力するという公益上の理由や、意識障害の原因を突き止めるという治療目的もあって、押収拒絶権を行使することなく尿を提出したことに何ら不当とすべき点は見当たらない。以上によれば、警察官が関医師から本件尿の任意提出を受けて領置した手続に何らの違法もないというべきである。

所論は、関医師は、検査を完了した時点で、余った尿については、もはや被告人の治療のために積極的に使用する意思はなかったのであり、また、採取した尿を治療に必要な範囲でのみ利用し、処分すべき義務を負っており、その範囲においてのみ刑訴法二二一条にいう保管者たり得ると解すべきであるから、いずれにしても同医師は任意提出をすることができる保管者には当たらないという。しかし、医師が治療のために尿を採取した場合、医師は、自分の意思だけでこれを使用、廃棄することができるから、それまではこれを所持していると解すべきであり、もとより所論のいうような範囲内での保管関係にあるものではないと解される。関医師は保管者には当たらないが、その理由は右のとおりであって、これと見解を異にする所論は採用できない。

所論は、また、採取の時点で治療を受ける患者の意識がなくその意思確認ができないときは、証拠としての領置手続は許されないともいうが、治療のためにする尿採取については、意識がなくても推定的承諾があるといえるのであって、尿採取の際に意識がなかったというだけの理由により、領置が許されなくなるものではないから、所論は採用できない。

所論は、さらに、守秘義務を有する医師にそれに違反するように積極的に要請し、尿の任意提出を受けて捜査することは、令状主義に基づく適正な捜査を要求する憲法三一条、三五条、刑訴法一条の精神に反するものであるばかりか、そのようなことが許されれば、国民が安心して医師による治療を受けることができなくなるし、覚せい剤等を使用した疑いのある者が本件のように病院に入院した場合には、その者の意思に反しても、医師から尿の提出を受ければ、令状なしで捜査を進めることができることになり、令状主義は機能しなくなるから、患者の承諾のない限り、医師は採取した尿の任意提出をすることはできず、強制捜査の手続きによらなければならないというのである。しかし、本件では、警察官は被告人に対する捜査よりその救助を優先させ、医師はもっぱら治療目的のために尿を採取したのであり、かつ、被告人に対する薬物使用の嫌疑が客観的にも認められる状況にあったから、関医師は、意識障害の原因を突き止めるという治療目的からも、公益上の理由からも、守秘義務を免れている場合に当たるのであって、警察官が医師に対し、たまたま手許に残っている尿の任意提出を求めたことに違法、不当な点は認められない。そうすると、本件における尿の領置を合法とみたところで、所論のいうような危惧は生じない。

その他所論の指摘する点を逐一検討しても、本件尿の領置手続に違法はなく、したがって、鑑定書の証拠能力にも問題はないから、これを証拠として有罪の認定をした原審の訴訟手続に違法はない。論旨は理由がない。

(佐藤文哉 小出[金享]一 波床昌則)

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